1989年4月
今年の二月、漫画家の手塚治虫氏が亡くなった。『鉄腕アトム』『ブラックジャック』等、心暖まる数々の漫画で楽しませてくれた。彼は、暴力やセックスのない健全なテーマと、醜さのない美しい画面で、充分に人を笑わせ、泣かせる事の出来た数少ない漫画家の中の第一人者だった。これからは、不健全な漫画家がはびこる恐れもあるが、漫画は必ず事前に目を通してから与える等、親の積極的な姿勢で自然淘汰を待つより外はない。
もこ もこもこ
とびらを開けたとたんから、物語が始まる。しーんとした色で、しーんとした形が描かれていて「しーん」と書いてある。表紙に書かれている「もこ もこもこ」という文字の形とことばの響きが既にその動きを適切に表現している。
ストーリーらしいストーリーがあるわけではないのだが、三角のくらげのようなものが空中に漂う絵には「ふわふわ」ではなく「ふんわふんわ」になっているなど、絵とことばの
適切さに幼い子どもも心をひかれてしまう。
この絵本を見ると、谷川俊太郎という詩人の偉大さを感ぜずにはいられないし「もとながさんのかくへんなえがだいすきなので」とその詩人に言わせているこの画家の感性も本物であることが分かる。
ちびくまくんの夜のぼうけん
ある晩のこと、ちびくまくんはひとりでおるすばんしなければならなくなった。おとうさんとおかあさんが出かけてしまうと、ちびくまくんは大きな声で泣き出してしまう。
ふくろうが慰めてくれるのだが、とてもおかあさんの帰りを待ってなんかいられない。ちびくまくんは真っ暗な森をぬけて迎えに行くのだが......。
幼い子ども達の大好きな、くまくんが夜中にひとりぼっちでおるすばんというだけで、日本では親も子も「かわいそう」という気持ちが先にたってしまう。が、くまくんが狼の誘いをはねのけ、難関をきりぬけるにつれて、いっしょにうきうきしてくる。
絵も、リアルな中に動物の愛らしさが良く描かれている。
イリヤ・ムウロメツ
これは、ロシア民族の間に、十一世紀から十四世紀にかけて成立した、ブィリーナと呼ばれる叙事詩を筒井康隆が日本語で書き上げたものである。
文章も、書き方も、いつもの筒井康隆調ではないのでファンは面喰うかもしれないが、読んでみればこのおもしろさはやはり彼のものである。
主人公イリアは三十歳まで立つことも歩くことも出来なかったが、ある日、三人の旅人が現れて人並み勝れた力を授け、国とロシア正教のために働けと言い残して去る。イリアはすぐさまキエフの都に旅立ち、巨人スヴャトゴルに会う。
いかにも叙事詩らしい壮大な物語の展開に、手塚治虫の挿絵がまた素晴しいだけに、単行本の絶版が惜しまれる。
弁慶
弁慶の一生を子どもに分かりやすく、しかも歴史に忠実に語ってくれる。
絵も男性的で力強い。
大人には、水野泰治著『弁慶 物語と史跡をたずねて』成美堂出版を。